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歴史フットパス国際人&ガイド養成講座 〔第十五回〕:     第3クール

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          =第4クール受講生募集中=
日本&横浜の歴史と文化の魅力を英語で伝えよう
健康づくりウォーク&歴史探索&英語学習が一緒にできる画期的なシステム!

◎ 充実の英会話講師:井上健夫先生(通訳案内士、東京シティーガイド、商業英語)
6月16日:
 講座資料
Now Yokohama is the second largest city in Japan after Tokyo with a population of 3.6 million. But can you believe that about 150 years ago when the port first opened Yokohama was only a small fishing village of roughly hundred thatched huts? Yokohama has changed dramatically. What was once a sleepy fishing village has turned into a metropolitan area full of the hustle and bustle of every large city. During this period, the city experienced two disasters; one was the Great Kanto Earthquake of 1923 and the other was the Great Yokohama Air Raid of 1945. In both cases, the whole city was completely destroyed. However, Yokohama rose like a phoenix from the ashes each time.
Since the end of World War II, Yokohama has expanded remarkably. According to the statistics, the total population exceeded 2 million in 1968, which was more than double that of just after the war. Then, it exceeded 3 million in 1978. As I mentioned earlier, Yokohama is now ranked as the second most populous city in Japan with 3.6 million people. The outstanding expansion is due to Yokohama’s proximity and close linkage to Tokyo; that is, Yokohama is the largest bedroom town of Tokyo. A large number of Yokohamans living in the hillside area in particular commute to Tokyo on weekdays. On the other hand, the longstanding stylish image of Yokohama and its exoticism attract a lot of people from Tokyo and other neighboring areas to Yokohama on weekends.
 翻訳(日本語)
現在横浜は360万人の人口を抱える日本で東京に次ぐ二番目に大きな都市である。しかし信じいられますか?港が最初に開かれた約150年前、横浜は百戸の小屋を持つだけの小さな漁村であった。横浜は劇的に変わった。勝手活気の無かった漁村は喧騒あふれる大都市へと変貌していった。この間横浜は二つの大災難を経験した。一つは1923年の関東大震災で、もう一つは11945年の横浜大空襲であった。これらの大災難に遭遇し、全市は完膚なきまで倒壊し焼け尽くされた。しかし横浜はその都度不死鳥のごとく焼け跡から蘇った。
第二次大戦後、横浜は著しく拡大した。統計によると、全人口は1968年には200万を超え、戦後間もない頃の二倍となった。続いて1978年には300万人を超えた。既に述べたように今横浜は360万人の人口を有する国内で二番目の都市である。この目覚しい拡大は横浜が東京に隣接していることと東京との緊密な結びつきによるものである。すなわち横浜は東京の最大のベッドタウンである。特に(海側から離れた)丘の側に住む浜っ子の多くは平日東京へと通勤、通学する。他方、横浜が長年認めてきたハイカラなイメージと異国情緒は週末多くの人を東京及び隣接地域から横浜へと繰り出させる。


―全国の歴史古道を探索・研究し、まちづくりに活かす―
 “歴史古街道団”と提携。団長で歴史古街道研究家の宮田太郎氏がコーディネートする
  実践的英会話教室誕生!

宮田太郎プロフィール 
   ● 古街道研究家 道の考古学者 歴史ルポライター   
   ● 歴史古街道団長 歴史古道まちづくりプランナー 歴史計画コンサルタント
   ● 朝日カルチャーセンター東京・横浜・湘南、NHK学園、クラブツーリズムほか
   ● 14講座レギュラー講師 日本フットパス協会理事 1959年東京出身

【主催・お問い合わせ】:歴史フットパス英語ガイドの会 (NPO法人横濱楽座)
                TEL:050-5536-6872/FAX:045-621-1329
                 E-mail:
info@yokoraku.org
【共催・お問い合わせ】:NPO法人エコ住宅リサイクルバンク
                   TEL:050-5526-1463/http://ejrb-y.jp/contact.php

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作成者: ejrb

エコ住宅リサイクルバンクは、伝統的な技術をもとに時代に即した、古民家再生や良好な住宅ストックへの取り組み、和に住まう創エネ・省エネ・蓄エネ時代への新しいエコライフスタイルを提案します。

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